暑(あっつ)い。
というか、熱い?
そう言った方がよさそうな、灼けつくような暑さが連日続く。
今日の仕事終わりのことだ。
最後のお客さん(親子連れ)が出て行く時に、高校生の娘さんの方が声を上げた。
「わっ、虫っ!」
そして二人と入れ替わりに、一匹の蝉が室内に飛び込んで来た。
「あっ、虫入っちゃいました?すみません!」お母さんの方が申し訳無さそうにドアから顔を覗かせたが、こっちは落ち着いたものである。
「全然大丈夫です。」
この時期、僕の仕事場には蝉が入って来る。三年連続、三回目の蝉だ。
そろそろ来そうな予感がしていたくらいだ。
周りが暗くなった中で、うちだけが明るい為だと思う。夏場はドアの開閉に伴って小さな虫が入って来がちなのだが、蝉が入って来るのは一昨年が初めてだった。
外で鳴いていてもうるさい蝉だが、室内で蝉に鳴かれると大変そうだ。お客さんがいっぱいの忙しい時に「ジーーージーーー」とやられたらちょっとしたパニックになりそうだが、不思議といつも最後のお客さんとの入れ替わりである。その点は助かる。
初めて入って来た時は、蝉は蛍光灯から蛍光灯へとしばらく部屋中を飛び回り続け、どうしたものかと困ったものだ。僕はあまり生き物を殺さない。何かで叩き落とすみたいなことはしたくないのだ。
照明を少しずつ消していき、残した一箇所に蝉を誘導した。そして天井に向かって手を伸ばし、手にした箒で優しく蝉をつつく。
するとどうだろう。蛍光灯に向かってジジジジしていた蝉が、僕の差し出した箒にしがみついて来るではないか!
僕は箒に蝉を止まらせたままそっと外に出て、蝉を空へと放つ。
「さあ森へお帰り。」(?)
蝉は夜空に飛んで行った。
そういえば去年は同時に二匹の蝉が飛び込んで来たんだった。二匹はやっぱり蛍光灯から蛍光灯へと、それぞれ室内を騒がしく飛び回っていた。
ただ僕はもう慌てることもなく、同様の手順で二匹の蝉を順番に夜空へと放ったのだった。
そして今日。
三列ある蛍光灯の二列を消し、止まっている蝉に箒を差し出す。
「さあ、おいで。」
蝉はスッと僕の箒のケバケバに掴まる。この瞬間はいつも妙に嬉しい。
外に出て蝉を逃がす。
ここまで30秒。慣れたものである。
蝉に声をかけながら箒に掴まらせる、その手際の良さを妻が褒めてくれる。
まあこれくらい大した事ないよ。オレは学生時代、一夏に二度も、飛んで来たカブトムシが身体に止まったことのある男なんだぜ。