初めて新しい学校へ行った日の帰り道。
一緒に帰ったのは同じクラスで、同じ町内の2班に住んでいるT坊だった。
先生から、同じ町内だから一緒に帰りなさいと言われたんだったかな?
T坊はとても面倒見のいい男だった。昆虫と釣りとドッジボールをこよなく愛する男。ザ・小学生男子。
転校したこの年、僕はめちゃくちゃこのT坊のお世話になった。
前に住んでいた場所とは、周りの環境も遊び方もまったく違っていた。
T坊は、釣り道具も虫捕り道具も自転車も、何も持っていなかった僕を、いつも自分の自転車の後ろに乗せて、川や池や山へ連れて行ってくれた。
虫や魚のことなどの、この辺りでの常識は全部このT坊から教えてもらった。T坊はそういうことにめちゃくちゃ詳しかったので話を聞くだけでも楽しかった。
転校初日の下校は、初めのうちはクラスの数人と一緒で、また名前のことでからかわれたりしながら帰っていた。分かれ道ごとに人が減り、最終的にT坊と二人になって歩いていると、T坊が急に「Kだ。」と言って身体を硬くした。
見ると前方に三人組がいて、水路の中を覗き込んでいた。
「あいつらも同じ町内だぜ。」T坊が教えてくれた。三人は隣のクラスだそうだ。
初対面にもかかわらず、明らかに三人は「ボスとその子分二人」に見えた。そのボスがKである。
Kは「亀がいる!」とわざとらしく大声を出した。
T坊は「あれ、嘘だよ。」と言っていたが、Kがしつこく「亀だ。亀だ。」と繰り返し、子分たちも「ほんとだ、ほんとだ。」みたいに言っていると、だんだん、「やっぱり本当かなぁ?」とか言い出した。
T坊は本当に亀がいるのならどうしても見たいようで、彼らのところへ走って行ってしまった。
僕も仕方なく付いて行くと、案の定、「うっそー。バーカ!」とKが言った。
「おっ、転校生?」Kが僕らに話しかけてきた。
色黒のT坊とは対照的に、Kはやけに色が白くて、目がとても細くて鋭い。僕はなんとなく蛇を連想した。
ニヤニヤしながらの喋り方もなんか嫌な感じだった。
僕は警戒心しか感じなかった。
何を言われたのかは忘れてしまったが、見た目のまんま意地の悪い奴だったので、一応返事くらいはしたが、途中から僕は一言も口を利かなくなった。
こんな時の僕は、いつも沈黙と様子見だ。
「うちのクラスに来た転校生はめっちゃ喋る奴だったけど、こいつ全然喋んねーな。」
Kにそう言われたけれど「イヤな奴だな」以外の感想もなく、特に言いたいことも思い浮かばないので、結果的に無視する形で歩き続けた。
Kは反応しない僕ではなく、T坊に嫌がらせをしたりしながら、僕らにずっと付いて来た。
後になって振り返ってみれば、僕はこのKとまともに喋ることが一度もなかった。
同じ町内の同学年なのにもかかわらず、だ。
クラスは一度も同じにならず(クラス替えのときには毎回、あいつと同じクラスになりませんようにと願っていた)、子供会の行事や、近所の子が集まって遊ぶ場に、Kが現れることは一度もなかった。つるむ仲間が僕らとは全然違う感じだった。
僕が他の友達と一緒のときには何もしてこなかったが、T坊と二人のときには近づいてきて、いつも何かしらの嫌がらせをしてきた。
また僕が一人でいる時に、Kが命令して仲間と数人でビュンビュン石を投げてきたこともあったので、むこうも僕を嫌っていたのは間違いないようだ。
唯一僕がKに対して口をひらいたのは、KがT坊に悪口を言いながらツバを吐きかけてきた時に、僕がブチ切れて、泣きながら「うるせえっ!」って怒鳴った時だけだったと思う。
結局その日、T坊と三人組はわざわざ遠回りをして僕の家まで付いて来た。
「へー、お前んちここなんだー。もう家も判っちゃったからな。」 K はいちいち嫌な感じの奴だった。
Kの子分に見えた二人、NりんとDやんも同じく嫌なやつらかと思っていたけれど、次の年くらいに仲良くなってみるとめっちゃいい奴らだった。
子分のポジションなんか相応しくない、強くて優しくて面白い奴らだ。
T坊もNりんもDやんも、あるいは町内の他の子らも、Kの名前を口にすることはほとんどなかった。たまに聞けば、やっぱりみんなKを恐れている話ばかりだった。
Kは中学に上がる頃には、いつの間にか町からいなくなっていた。
ガキ大将だとか、単に意地悪な子どもだとかじゃなくて、本格的な悪い人になっていきそうな雰囲気のある奴だった。
なんとなく家庭環境の複雑な様子が垣間見えることもあった。
転校した時の思い出はそんな感じだ。