アーノルド・ローベルの「おてがみ」は今でも国語の教科書に載っているのだろうか。
がまくんとかえるくんのこの物語は、僕が小学校二年生のときにも載っていた。
それと関連づけてだったかどうかははっきり憶えていないのだけど、国語の授業で、「実際に友だちに手紙を書いて出してみよう。」というのがあった。
たぶん一学期だったと思う。
クラスメイトの誰かに手紙を書いてみましょう。そして実際に切手を貼って郵便で相手のお家に送りましょう。
そういう取り組みだった。
一、二年生持ち上がりだったクラスメイトに対して、二年生からの転入生であった僕には、
「あじろ君は前の学校のクラスに手紙を出してみたらどうかな?」という提案が、担任の先生からあった。
僕も乗り気で、去年のクラスメイトたちに宛てて手紙を書いた。
新しい学校の簡単な紹介、担任の先生のこと、最近行ったばかりの春の遠足のこと、クラスの男勝りな強い女子のこと。
そんなことを書いて送ったと思う。
しばらく経って、分厚い封筒に入ったクラス全員と担任の先生からの手紙が届いた。
前のクラスもそのままのメンバーで二年生になっていて、担任の先生も同じらしい。
クラス全員分の書いたものを読むことってそれまで経験なかったし、なんだか「先生」みたいだと思った。字も書き方も内容も、それぞれの「らしさ」が出ていて面白かった。
基本的には僕の手紙に対する返事として書かれていた。
新しい学校や担任の先生に関する質問。自分たちの行った遠足のことや、僕の行ったところが羨ましい、など。新しく来た転校生のこと。強い女子についての感想。個人的なあれこれ。
そんな感じだ。
僕がいなくなってからクラスには二人の転校生が来たらしい。
一人は女子のKさん。太っていて、性格はおおらかで優しい、というのが数人の手紙から読み取れた。
もう一人は男子のO君。彼については「Hな子です。」「とってもスケベな奴です。」「やらしい男」という声が女子たちから複数あった。
何だか凄いやつが来たみたいだ。見知らぬO君だが、同じ転校生なのに自由にそのキャラを発揮している様には、多少の羨ましさを感じなくもなかった。
「強い女子について」、僕も何でこれを手紙に書いたかよく分からないけど、ちょっかいを出した男子を追いかけ回したりする女の子のことを、身近な面白エピソードとして書いたのだと思う。
どこのクラスにもそういう女の子はいたと思うけど、前のクラスにもそういう子はいた。Hさんだ。
そして、手紙の返事にも複数の男子から、「Hさんにやられた」エピソードが寄せられていた。
そして当のHさんも、僕の新しいクラスの「強い女子」に興味を示していた。
「あじろ君の強い女子の話をきいて、わたしはその強い女子とたたかってみたいとおもいました。もしわたしが負けたらその子の言うことをなんでもききます。でもわたしが勝ったらなんでも言うことをきかせます。」
さすがHさんだ。思考がすでに強い。
一年生のころ、僕は、女子のSさん・Bさんコンビと、マンガで争っていた。
僕が自由帳に描いたのは、「SとBののぞきみ(覗き見)」というマンガだった。内容は「SさんとBさんが、僕の友達のY君の部屋を、窓の隙間から覗き見る。その時Y君は…」というシュールなお話だ。Y君はとても行儀がよくて真面目な、公家のような雰囲気の子だった。
たいそう憤慨したSさんとBさんは、仕返しに「あじろの三色パンツ」というマンガを描いてやる!と言っていた。
彼女らの手紙には「あじろの三色パンツ」が完成したよ、と書かれていた。
ド直球の下ネタだ。
担任の先生の手紙にも「SさんとBさんが、あじろ君と約束していたマンガが描けたと言って盛りあがっていましたよ。」と書かれていたけど、どんなマンガかは多分知らないのだろう。
ショックだったのは、一年生の時クラスで一番かわいいと思っていた子が、僕の名前を(例えば)「あじろぬう様」みたいに書き間違えていたことだ。
それとも僕のこと、ずっと「あじろぬう」だと思っていたのかな?
この手紙は、その後も時々出してきては読み返した。そして、実家にずっと置いていたのを数年前に見つけて懐かしくなり、持ち帰ってきたのだった。だから今でも家のどこかにある筈だ。
一緒に実家に保管されていた高校の成績表たちは迷わず捨てた。