子どものころ転校をしたのは、小1から小2に上がる春休みのことだった。
生まれたときから育った下町の古い家から、郊外に新築した家へと引っ越したのだ。
あまり楽しくなかった気がする保育園よりも、小学校は気に入っていた。
授業も面白かったし、登下校の時間も、新しくできた友達と帰ってから遊ぶのも楽しかった。一人で行ける行動範囲もぐんぐんと広がっていた。
だから一年間でやっと慣れてきた学校を変わるのは、正直なところ嫌だった。
一年生の途中からぐっと仲良くなったN君の家に、引っ越す前の日、お別れを言いに行ったときのことを何となく憶えている。
ドラえもん大好き仲間だったN君に、僕の「ドラえもん秘密道具大百科」をどうしてもあげたくなった。
本を差し出す僕に、N君は「えっ、でもこれあじろ君の大事なやつじゃ・・・。」と遠慮し、僕が「いいんだ。記念に持ってて欲しいんだ。」などと言う、ちょっと感傷的なお別れをした。
引っ越しのときに密かにショックだったのが、僕のソフビ人形と怪獣消しゴムが勝手に捨てられていたことだった。
小学生になりいろいろな友達の家に遊びに行くようになって判ったことは、僕の家にはおもちゃが少ないということだった。
そんな中で、僕を孫のように可愛がってくれていた駄菓子屋のおばあちゃんや、僕の叔母さん(父の姉)が、僕が好きだったウルトラマンや仮面ライダー、戦隊ヒーローのソフビ人形を、小さい頃から時々プレゼントしてくれていた。
大きさもシリーズも一貫性はなくバラバラではあったが、僕はそれらを大切にしていた。
また、自分のお小遣いの範囲で買えるものとして、怪獣消しゴムは僕を夢中にさせた。
少し遠くの駄菓子屋や文房具屋で売られていたウルトラマンの怪獣の形の消しゴムだ。
お菓子には興味なかった僕は、1個10円の怪獣消しゴム集めに、たまにもらうお小遣いの全てを注ぎ込んでいた。それでもやっと二、三十個くらい集めたところだっただろう。
その全部が、引っ越しのタイミングで、「捨てるよ」とも「捨てたよ」とも無しに、親にコソッと捨てられてしまったようだった。
僕も「捨てたの?」と訊くこともなく、「ああ、もうああいう幼稚なもので遊ぶな、ということなんだな。」と自分に言い聞かせたように思う。
親の心を汲み取る子どもだったんだろう。
新しい家の二階には、前の家にはなかった「僕の部屋」があった。
事務机みたいな新しい机と、初めてのベッドが新しい部屋には置かれていた。
学用品と洋服を片付けると、特に他に片付けるものはなかった。
ガランとした部屋のふかふかのベッドで寝っ転がって、新しい天井を見上げた。