仕事場でぴっとんに書類やチラシの紙を噛られてからというもの、僕らは警戒を続けていた。
ぴっとんが潜んでいたのは観葉植物「スパティフィラム」の鉢だと思われる。株分けしてしばらく表に置いていたスパティフィラムの鉢にくっついて室内に入って来たようだ。
毎日スパティフィラムの鉢を覗きこんだり、葉っぱの裏側や鉢底を見たりして、ぴっとんがいないかチェックした。
カウンターの上の書類はケースにしまい、必要な時だけ出すことにした。
チラシは、夜帰るときにはクリアファイルに入れて、カウンターから離して置いた。
ぴっとんは夜行性だから。
一緒に働いているMさんが、カウンターを水拭きするとぴっとんの歩いた道筋が光って浮き出てくることを発見した。
スパティフィラムの鉢から、隣に置いていた書類を横切り、カウンターを降りかけてまた登り、カウンターの端のチラシまで行っていると言う。
窓越しの光にかざしたチラシを睨みながらMさんは、「ここでUターンしてますね。ほら、ここ。」と指で示した。
なかなかの「ぴっとん探偵」である。
ぴっとん探偵の懸命の捜索にもかかわらず、ぴっとんの行方は杳として知れなかった。
もうぴっとんは何処かへ行ってしまったのかもしれない。できればそうであって欲しい。
僕らは願った。
前日の夜中からの雨が降りしきる、梅雨のある朝。
「ひゃっ!」というMさんの短い叫びに僕が振り向くと、彼女はスパティフィラムの鉢を指さしていた。
ぴっとんだ!
奴はいかにも「ぴっとん」って感じで、黒い樹脂製の植木鉢の側面に張り付いていた。
朝、鉢を持ち上げあらゆる角度のチェックをしてから、まだ三十分も経っていないというのに!
紙を噛られた日から何事もないまま、ずいぶんと日にちは経っていた。何処かに行ってくれたんじゃないかと期待していたけれど、やっぱりスパティフィラムの鉢に潜んでいたんだな。
ぴっとんをティッシュで摘んで外へと逃がす。
「さあ、森へお帰り。」(?)
天敵もいなくて、食べ物(スパティフィラムの葉っぱや書類)も豊富にある。冷暖房完備。天国のような場所かもしれないけど、いつまでもここに住んでいて欲しくはないんだ。
君の好きな暗くてジメジメした世界へ帰んなさい、ぴっとん。
これでよし。スッキリした。
あとは産卵してないことを祈るだけだ。雌雄同体のぴっとんは、一度に50個くらいの卵を産むらしいからな。
もう一度スパティフィラムの鉢の底の穴を覗いて見たけれど、特に何もわからなかった。
とりあえず、我々ぴっとん調査団はスパティフィラムの監視をもうしばらく継続することにした。 (完)
えー、万が一「ぴっとんって何だよ?」と仰言られる方がおられましたら、当ブログ、ぴっとん関連の過去記事を御覧ください。
よろしくお願いいたします。