totoを当てる日

サッカーくじtotoを当てて人生を変える話

懺悔したいこと

昨夜、風呂上がりにバルコニーで涼みながら歯を磨いていた。月は少し霞みながらも明るい。

そこから以前に住んでいた賃貸マンションが見える。十年以上前の苦い記憶がまたふと甦る。時々思い出す出来事だ。

マンションは住人同士の交流が少ないことが多いが、賃貸ではよりその傾向が強いと思う。一度も顔を合わせたことがない住人も多いし、せいぜいすれ違う時に挨拶をする程度だ。お互いの生活に干渉しないことの方に気をつかう。

 

 

 

その以前住んでいた賃貸マンションの、同じ階の隣の隣の部屋にはご夫婦が住んでいた。引っ越しの挨拶に行った時に「感じのいい方だな」と思ったけれど、その後は顔を合わせる機会も滅多になかった。少し年下のご夫婦かと思っていたけれど、違うかもしれない。

奥さんが妊娠中の姿も見かけたことがある気がするが、はっきり憶えていない。

 

 

ある冬の日、赤ちゃんを連れたそのご夫婦と、僕ら夫婦がエレベーターに乗り合わせた。もちろん挨拶はしたけれど、それ以上の会話をすることもなく、エレベーターはすぐに部屋のある階に着いた。「赤ちゃん、生まれたんだな。」とは思ったけれど、僕からは顔も見えなかった。

 

お互いそれぞれの部屋の鍵を開けようとしている時に、うちの妻が「ダウンちゃんなのね…」とボソッと呟いた。

僕はまったくピンときておらず、何と言ったのかよく聞き取れなかったので、「ん?ダウンちゃん?」と咄嗟に聞き返してしまった。馬鹿みたいだけど、冬だったし赤ちゃんが可愛いダウンジャケット着てるとかそんな話か?と一瞬頭に浮かんだのだ。

でも自分でそう言葉に出した瞬間に理解した。赤ちゃんがダウン症だと言ってるのか、と。

妻はもともと障がい者福祉の勉強をしていたし、学生時代から介助のボランティアなどもしている。偏見や悪意で口に出したのではないのは僕にはわかる。ただ、心身いくつかの障害を合併したり、身体が弱かったり、世間体が気になったりすることもあるダウン症の子育ての気苦労を想って、つい呟いたのだと思う。

そして意味を理解せず聞き返した僕の声は、おそらく、鍵を開けようとしていた隣の隣のご夫婦の耳にも届いてしまったんじゃないかと思う。 最悪だ。

僕は聞こえるように陰口を叩く近所の人だ。

 

部屋に入ってすぐに妻は「あーもう、ごめんごめん…言わなきゃよかった、ごめんごめん…」と言って、僕も「だって何のことか全然わからんかったもん!」と言い訳をしたけれど、もうあのご夫婦に釈明や謝罪をする機会はなかった。

 

 

しばらくしてそのご夫婦はマンションから引っ越して行った。

その時の出来事と関係があるのかないのかもわからない。

 

もっと普段からコミュニケーションをとる間柄だったら。歳も近く、子どもを育てている者同士、本当に僕らには悪意も偏見もないんだ、何なら多少の相談相手くらいにはなれたかもしれない…

そんなことをここに書き綴ってみても何の意味もない。

実際にはデリカシーなく、ただ隣人を傷つけただけの人。

 

 

 

大人しいあのご夫婦はどうされているだろうか。あの子どもさんももう十代にはなるのかな。

時々思い出す。忘れることはないと思う。本当に申し訳ない。

僕の声があの二人に届いていなかったことを願う。そんな出来事をすっかり忘れてしまっていることを願う。

あの子が元気に育っていることを願う。

 

今夜の月は雲に隠れてしまっていてまったく見えない。あの辺にあるのかな、くらいにぼんやりとした光を感じる程度だ。